2014年9月23日火曜日

秋の金沢 ちこっと釣ってきました。

ヒツジ(釣り執事)がようやく危機脱出。
ということで、久方ぶりに金沢へ。上越新幹線→ほくほく線→北陸線。
いつものルートで金沢を目指しました。


越後湯沢駅で特急はくたか号に乗り換える。
想えば、このコースを辿るのも、あと半年を切りました。

2015年の3月14日には、北陸新幹線が金沢駅まで営業。

この越後湯沢は、過去の乗換駅となってしまうわけです。秋風のなか、
そのような郷愁を感じながら、晴れ渡った空を見つめて発車を待ちます。



特急はくたか、金沢ゆき。

新幹線になっても、はくたか、の愛称は続けられることは決定しています。

しかし、この電車は消えてしまう。ほくほく線や北陸線を、目一杯、全開で走る姿は、

それはそれで、北陸人の故郷へ急ぐ気持ちを痛いほど表現していた気がしています。

新しい道が出来ると、旧くなった道は急劇に廃れていってしまいます。

そのことわりを覚悟しつつ、感慨深く発車を待ちます。



越後湯沢駅の名物、爆弾オニギリ。

朝9時開店直後を襲撃して、2番目のお客でした。米2合分のオニギリ。味噌汁サービス。

これを食べる機会も、おそらく減るのでしょうね。


中身はシャケで、いきました。

飯粒が大きければ、具のシャケも、ドカーンと入っています。


金沢駅到着の直後、向かったのは、定番・医王山の「キンちゃんの池」

キンちゃんとは、金色の鯉。食が細く、他の緋鯉、真鯉たちにまずエサを取られてしまう。このキンちゃん(いまでは複数に増えましたが)にエサを食べさせられれば、きっといいことがある、という言い伝えの池。

いつの間にか、鮒たちの数が増えてました。

どんどん喰って、大きくなれ! そして、雪に閉ざされる、厳しい冬を超えるのだ!


医王山から、白山の方角を俯瞰で眺める。美しかあ。

夏の名残と、秋めいた山容の共存。思わず見入る西陽の山々です。


犀川では、鮎の毛針釣りが行われていました。

毛針で、鮎を釣ることは、加賀藩政時代からの伝統の釣り方とか。

武士道を重んじる金沢では、囮(オトリ)を使った鮎の掛け釣りは、気風にあわないとか。加賀毛針と呼ばれる、まるで芸術品のような毛針での鮎釣りが、今日でも行われています。

とても、貴重なシーンを見ることができました。


こちらは、浅野川の川端。

準常連となっている焼肉屋さんへ向かいます。


ガスロースターで、ジュウっと焼いてしまう!

この、ざっくばらんさが、焼肉のいちばんおいしい食べ方。と、私は思うようになりました。スピード&チャージ。

すすむ、すすむ、炭酸割り。御年81歳のママが、ワンコ蕎麦のように焼肉を連チャンで用意してくれます。

おそろしか、明日は、大丈夫かな、、、、。


コケコッコー!!!!!!!!!

朝イチ、犀川河口の金石(かないわ)で投げました。

空模様はパっとしませんが、アタマはすっきり。上流側に投げて、仕掛けを自然に流します。それが、誘いや探りになって、穂先には、プルプルプル。



マハゼたちです。

金沢の人は、カワギスと呼んでいます。海のシロギスと分けているのでしょう。

東京のマハゼより、とても体格のいいのが印象的でした。

川の栄養がいいのでしょうね。


場所を変えて、大野川の河口。大野港の中州。

小さなアジやサヨリが釣れ盛っていました。投げ釣りのほうは、トンと駄目。

そこで私はナニをしているのか?

港内側をじっくり探っているのですが、こちらも反応なし。

でも、久方ぶりに、金沢の風土を堪能できて、納得の帰京になりました。


おみやげは、ギョーザ。

ギョウザではありません。ギョーザ。

金沢大学の学生なら、例えば在学4年間で最低4000個は食べるであろうギョーザ。

焼き上げ直後、24歳の息子とたまたま来ていた義弟で、

この個数は10分持ちませんでした。おそるべし、ギョーザ。

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