2019年5月9日木曜日

GWは北陸で、令和の初釣り

ヒツジ(釣り執事)のお墓参りで金沢へ。新しい元号にあやかり、コースも刷新?


伊吹山が見えてきまして、、、中京と北陸との境界に来ていました。

いつもの上信越ルートとは違って、中央道経由、岐阜へ下りて国道21号線を西へ。

関ヶ原を越えて伊吹山を右手に見ながら、回り込むと福井県との県境でした。

金沢出身のヒツジ(釣り執事)は、この山に特別な思い入れがあるそう、北陸の入り口。

伊吹山が冠雪する頃は、より強く感じるそうですが、いまは新緑の山肌でした。


折角、久しぶりだからと、道筋を変えて琵琶湖に立ち寄ることに。

水辺に出ますと、まるで海のようです。なめると、当然、しょっぱくないですが、、、

長浜から北側の湖岸、さらに湖西の今津へまわりこんだりして、ドライブ散策。

普段、水辺は、海か川しか行かないので、みずうみ、というのがモノ珍しいのです。


道の駅で買った、サバそうめん、太巻き。

サバそうめんは、そうめんが出汁で煮込まれたもので、なんとも、うまし!

煮しめたサバの身をほぐして一緒に食べるのですが、なんとも、うまし!

太巻き、は、名前のとおり、だし巻きの太いこと、少なめのシャリ、これもうまし!

おなかいっぱい、眠くなり、布団を敷いた車中で、ZZZZといつものパターン。


コケコッコーッッッッ!!!!!!

翌朝は、敦賀市の気比神宮より開始、道中の無事を祈願しました。

敦賀は、東京でのメンバー、ブチョーことM部長の出身地。

ブチョーもGW帰省しているということで、合流する手はずなのでした。


待ち合わせの時間まで、あたりを散策していると見つけた鉄道車両。

遺構の赤レンガ倉庫と一緒に展示された小浜線のディーゼルカーでした。

前、横、後ろ、斜め前、斜め後ろと、角度を変えながら眺め入る鼻息の荒いヒツジ。

同じような鉄オジサンが、早朝にかかわらず、数人いたのが印象的でした。


当初、ブチョーと予定していた釣り場、気比の松原の海岸。

敦賀の名勝、風雅ななぎさの代名詞とも言われる佳景が広がるのでした。

しかし、先客万来の風景に、あぜん、ぼうぜん、これが、さすが、GWの現実か。

駐車場のナンバーは、中京、京阪神ばかり、地元福井はほんの少々。

高速道路を使えば、私が三浦半島へ行くぐらいの時間なので、納得!


苫小牧、博多とをつなぐフェリー埠頭側の護岸には、テント組も多々。

足場よく、冊もあって安全となれば、横須賀うみかぜ公園と同じ現状になりますな。

しばらく暮らしているような釣り家族の方々も、、、当然、駐車スペースは満タン。

喰う、寝る、釣る、サイコーや! みたいですが、肝心のお魚のほうは?


ということで、落ち合ったブチョーとは、敦賀から西寄りに移動して美浜の砂浜へ。

昨夜、ブチョーは遅くまでご親族との会合があり、少々お疲れの様子。

いまひとつエンジンのかかりが悪く、、、でしたが、陽が高くなるにつれて回復。

気温もあがり、ヒツジにいたっては、Tシャツ1枚、令和の初釣りとなりました。


若狭湾の、そのまた小さな湾の町、美浜の海岸。

美浜といえば、かの大物演歌歌手の出身地、ああ誰にも、故郷はあります。

つい、名曲を口づさみながら、、、あれっ、九頭竜川のほうははちょっと遠いかな?

真夏は、海水浴のお客さんで賑わうでしょうね。


東京にいるときより、なんとなくですが、リラックスしているブチョー。

敦賀に生まれて高校生まで過ごした町ですから、帰ってくれば、少年の時間?

地元の大手商業施設への就職の口もあった話などを伺いながら、釣り続けます。

ところが、アタリといえば、あるには、ある、そのあと、針がない。あれか?


さらに西に移動して、ちょっと遅めの昼食を大飯(おおい)町の道の駅にて。

それにしても、こんな立派な、豪華な、道の駅は、どこにもないでしょう的な、、、。

高級マリーナ、展望台、大型ショッピング施設まで併設された、大きな埋立て地。

エネルギーの街の繁栄が集約されているような?


肉そばを注文、こちらの出汁では、やはり、うどんがいいか、迷いましたが、そば。

うーん、やっぱり、うどんがよかったかな、と、どうでもいいことに悩むのが私。

でも、この出汁なら、うどんかそばか、、、は、日本列島の味覚基準のキモでは?

ブチョーは迷うことなくオアゲの乗ったうどんを頼んでいました。


大飯の湾でやってみたものの、ピクリともしないので、戻っての小浜港。

風が出てきたこともあり、港湾の奥にスペースを見つけて投げてみました。

まわりはすべてコマセを撒いてのアジ狙いの方々。

そのコマセに、シロギスもつられて寄ってこないかしら作戦(名前が長い)


小浜港でも、結構、粘ってみたのですけどね。

エサはちょっとなくなるけど、根元までは食べてこないというか細い食欲?

その正体すら解らないまま陽も傾いてきたところで無念のギプアップ。

敦賀市に戻り、地元ブチョーに、目一杯おごっていただきました。うまし! 

野球の盛んなご当地ならではの、プロ野球選手にゆかりある素敵なお店でした。

しかし、そのお店の写真を一切撮ってないヒツジの大バカもの!

とにかく、ごちそうさまでした、ブチョー!


ちなみに、敦賀といえば、通りに並ぶ屋台のラーメンが有名だそうです。

なるほど、むんむんと湯気のこもるビニールの囲いの中の熱気が伝わるよう。

それを待つ人たちも、まるで屋台をとりまくようにまたぞろ集まっており、、、。

風味やのせ物も博多長浜のような決め打ちではなく、屋台によりまちまちとか。


敦賀を離れて、舞台は石川県小松市へ。

梯川(かけはしがわ)のどこかで、小竿を伸ばそうとウロウロしてましたところ。

川に紐を渡してあり、そこに測量機材のような棒が2本づつ吊り下っており。

はて? あれはなにかと近づいたら、カヌーのスラローム大会をしていたのでした。


ちょうど、大会が終わったところで、参加者の方々も三々五々、お帰りの様子。

それなら、大丈夫でしょうと、短い小竿にウキのついた仕掛けを流してみる。

対岸のほうでは、ピチャっと魚が反転したり、姿が見えるものの、ウキは動かず。

カヌー大会のあとだから、動揺してるのかな?と考えながら、一向に動かないウキ。


動いていたのは、この子、ひさしぶりに見ました、おおきなアオダイショウくん。

場所を移動しようと土手上の路を歩いていたところ、横切ってくれました。

なにかいいことないかしら? 私の干支だし、ゲンかつぎ、諸々祈願。

シマヘビと違って、おとなしくておおらかなのがいいのです、アオダイショウくん。


釣りは諦め、梯川を遡上、かつての尾小屋銅山の廃坑を見に行こうとなる。

途中、河岸で人の賑わう場所があり、クルマを停めてみたら滝、鯉のぼり。

五月の節句ですからね、中学生ぐらいの男の子たちが濡れた身体を拭いている。

この季節に泳ぐ? 見守る女の子、なにか元服の儀式みたいな、、、。


尾小屋銅山の跡地に到着、ヒツジの目的は、展示されている尾小屋鉄道でした。

ヒツジは中2の冬まで、同級生たちとこの鉄道に乗ってスキー場に来たのだとか。

この日、ちょうど、車両を動かすイベントだったようで、後片づけをするスタッフを、

羨望の眼差しで眺め入るヒツジの鼻息がまた荒くなっていました。


線路の幅が、762ミリなのだとか。JRの在来線が1067ミリですから、

狭くて、小さくて、かわいい、軽便鉄道と呼ばれているそうです。

尾小屋鉄道は、尾小屋銅山から掘りだされた銅を運ぶために作られましたが、

やがて乗客を運ぶようになり、1971年の閉山後も1977年まで営業していたそうです。


車内は、まるでバスぐらい、、バスより狭い?

線路が狭くて、小さいので、車体、車内もこじんまりしています。

実質、いつも冬に乗ったというヒツジによると、向かいの人と膝があたりそう。

厚着なので立っている人には、とくに気を遣った記憶があると淡々と話す遠い目。


さらにヒツジ曰く。北陸線で小松駅に着くと、待っていたちいさな汽車とのギャップ。

冬なので、暖機運転のうなる音や煙がたまらなかったとのこと。

バスのようにクラッチを切ってギアを変えたり、雪の上り勾配はきつくて歩くような速度になり心配になったり、逆に下りは結構はやくてハラハラしたりと。

私は、右から左へ聞き流していたのですが、克明に覚えているそうです。

勉強が嫌で仕方なかった中学生が、釣りと並んで唯一没頭できた世界なのでしょうか。


鉄道の保存とともに、尾小屋鉱山の坑道の一部も公開されていました。

銅山開山の頃から閉山された1971年までの歴史、掘削の方法、技術の進化などが、

迷路のように入り組んだ坑道に展示、保存されていました。

採掘という職務の厳しさ、難しさが、歩く坑道で学べる内容でした。


翌日、金沢でのお墓参りのあと、クルマで医王山にのぼり、富山県側を見たところ。

屋敷林を持つ家と家のあいだが離れた砺波地方独特の風景を眼下に。

空気の澄んだ日の、早朝や夕刻は、またノスタルジックなのだとか。

金沢市街地は、観光シーズンまっただなか。ここは、人影まばらでのんびりでした。


最終日。東京へ戻る途中、親不知の海岸に寄ってみました。

あまりに天気がいいので、このまま帰るのが惜しい、でも遅くなると渋滞が心配。

盆、正月、GW、、、連休のドライブはつねにここの葛藤を抱えますね。

長い休みも今日で終わり、、、ああ明日は、、、その前にどれぐらい長い列が? ああ。


海岸に佇んでいる方々は、翡翠(ひすい)探しでした。

北アルプスから流れる姫川の運んで来た翡翠が、日本海の波に揉まれて、磨かれて。

北陸自動車道、国道8号線、トキめき鉄道、、、動脈の通る海岸線で、それができる。

波打ち際を眺めて、ついボォーっとしてましたら、コクン! なにかアタった!


えっ? えって? しばらく間を置いて、クンクンクンクンクンっと!

なにコレ、掛かった、やりましたと、お願いお願い姿を見せて、、巻いて巻いて。

小石の傾斜に現れたのは、おおっ。珍しい、私には。

カレイ! マコガレイのようでした、目が離れているのでちょっと違う、いやマコだ。

小柄ながら針を呑まれているので締めて、お土産、なんと、ボウズを免れた!

氷袋に入れて、あとはなんとか、早く帰宅しなければと、駐車場に戻ったのでした。


と、、、戻った駐車場。トランクを開けて、バーベQを始めていたのがお隣さんでした。

物事というのは出会いの妙、タイミングなのです、人生これ、ここが重要。

とても気持ちよくマコガレイを引き取ってくれた富山ナンバーのおふたりさん。

感謝、感激、胸いっぱいなのでした。親不知で、並ぶクルマのご縁かな。


しかも、なんと、魚のお返しにとばかりに、うなぎボーンをいただいてしまったのです。

えええ、そんな! えっ、いいんですかと、ズンズンずうずうしいオバサンな私。

帰り際に掛かった魚が、おやつに代わり、わらしべ長者みたいな北陸路。

お見送りまでいただいて、国道8号線を走り出した次第でありました。



そして、糸魚川市内に到着。今回、一応の、最後の目的地がおそば屋さん。

2016年12月の大火事で焼けた一角のお店の復活を知り、立ち寄ったのでした。

糸魚川のシンボルとも言える雁木のアーケードも、ちょいおしゃれに復刻。

大盛況の店内とおそばをいただいて、上信越道を東京へ向かいました。

↓真冬の糸魚川で釣り、先代の同店で食べたおそばはこちらをポチっと。


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