↑3月の初め、ヒツジ(釣り執事)が相模川にかかる橋の上から撮った1枚。
河岸の左手後方に、雄々しく裾野を広げる大山の姿が写っています。
大山、だいせん、ではなく、おおやま。神奈川県西部域の有名な霊山です。
新幹線からも眺める機会はあるのですが、登ったことなく、、、近々どこかで。
今日、ロマンスカーで。
気分でしょう、キブン、勢いです。新宿7時ちょうど発の、はこね行に乗りました。
定休日は、平日だ、寝るか、なにかするか、どこか行くか。やはり寝るか、いいえ。
天気のいい日はどこか行く、今日しかない。行くならこの電車的な、気分。勢いで乗車。
折りたたみフックが2つ、コンビニ袋掛け、ドリンクホルダー。
マガジン入れ、傘立て、、、シンプル、機能的なロマンスカーの背もたれ部分。
観光特急であり、通勤通学にも考慮した適宜なレイアウトに感心してしまう。
シートも、華美ではなく、普段着的、今日、ロマンスカーでよかった、みたいな。
乗ったロマンスカーは、目的地駅の伊勢原に停車しないタイプ。
本厚木で急行に乗り換えて伊勢原に到着した時には、お腹が減ってました。
下りだから空いている、は大間違い、小田急沿線には大きな会社や学校があるのですね。
朝食を、駅そばで、小田急の駅そばといえば、箱根そば、ということになります。
肉そば、をいただきました、すっきり、ツルっと、旅気分でてきました。
ところで、気になったのはそば自動発券機のこのボタン。
季節のおすすめ「夢カサゴ天」って、あの、深海魚の、ユメカサゴでしょうか。
一緒に、桜海老も乗っかるようなので、まさに、箱根の先の、駿河湾仕様では? と。
肉そばを、食べてから気づいた、私のバカ! いつもだ、こっちにすればヨカッタ!
駅前から、鳥居が迎えてくれて、大山参りの気持ちをもり立ててくれます。
せっかくだからバスに乗らず、ケーブルカーの乗り口まで歩くことを決めてました。
商店街の道を、ずいずいずいずいっと、北西の方角へ歩いていきました。
駅前から、ちょっと離れた場所に、大人数の方々の待つターミナル。
はて、この賑わいとは?、、、バスに書かれた文字から、なるほど。
大きな自動車関係の事業所とを結ぶシャトルバスの発着場でした。
伊勢原の周辺は、工業用地にとても恵まれているようです。
ずいずい、と。歩を進めて参りました。
商店、飲食店のガラスには、大山詣りのフラグがはためきます。
街を東西に抜ける国道246号の交差点付近、次第に大山が大きくなってきました。
傍らに現れた、伊勢原大神宮。
伊勢原は、伊勢の国の人が開拓したとのことで、地名の由来になっているとか。
当然、伊勢神宮からの分社の勧進でしょうか、大切にされてきたのでしょうね。
桜の木々や落ち着いた境内のたたずまいに惹かれるものの、大山を目指しました。
東名高速道路の下をくぐり、大きな旧家の脇を抜けて、太田道灌のお墓。
へ〜え、太田道灌のお墓がここにあるとは、不思議、、、なぜ?
しかし、深く調べないのが、私のよくないところ、そのまま素通り、目指すは大山。
駅からの一本道は、幾度と、広がったり、狭まったり、せわしさを増してきて。
頻繁にダンプカーが行き交うようになり、道は埃っぽい、黄砂も凄いけど、、、。
はて、なんの大工事だろうと掲げられている看板を見てみますと、なるほど!
新東名自動車道です、建設のまっただ中に居りましたとさ。
一帯は、インターチェンジも創設されるのか、大々的な区画整理が造成。
完成のあかつきには、大山詣りの拠点として商業施設も出来るのですかね。
新東名高速道建設中から一歩離れると、静かな街道の一本道に戻りました。
歴史ある参拝の道らしい、軒下の果物売りやカキツバタ、つい足をとめて。
昔の人々は、沿道のこうした甘味や花々に慰められ、励まされて、歩いたのでしょうね。
伊勢原駅から、あちこち眺めながら歩いて、1時間30分ぐらい、大山麓の集落へ。
沿道に並ぶのは、宿坊の数々。参拝客を受け入れる旅館ですね。
先導師とは、読んで字のごとくの、案内人、祈祷師も居らっしゃるとのこと。
大山詣りは、修験の道でもあるため、ガイド役に付いて参るのが正式な道。
大山ならではの、手順や道筋を想像させる宿坊のたたずまいなのでした。
ふと、目についた売り物件の看板。
宿坊、先導師のお仕事も、おそらく後継者がいなくて、、、なのでしょうか。
しかし、民泊が話題にのぼる昨今ですから、買い手はソクいらっしゃるような、、。
集落は、山上から流れてくる鈴川の沿岸に細長く築かれていました。
思わず、足を止めて眺め入ってしまった私は滝好き。愛宕の滝という名称。
鈴川で思い出したのですが、たしか、伊勢市を流れる川は五十鈴川(いすずがわ)。
伊勢、お宮様だから、すず(鈴)、にまつわる、つながりがあるのかなと。
河原、土手、傾斜、降り注ぐ陽光、そよかぜに揺れるスミレ。
見上げれば、サクラ、地にはスミレ、とてもよい日和になりました。
参道も狭まって、階段状になると、両脇は、お土産屋さんが続くように。
駅から歩いてきたため、こうしたお店の並ぶ状態に囲まれると、妙な安堵感が、、、。
まずは、お宮に参ってから、、、念じつつも、並ぶ店頭の品々に気持ちがゆく。
豆腐、まんじゅう、こんにゃく、湯葉、独楽、いろんな名物多々な大山かな。
大山ケーブルカーの停車場に到達。
ここからは、しばらく電車のチカラをお借りすることに。
麓から標高650mぐらいまでを、あれよあれよと登ってくれて、ラクチン! 当たり前!
ケーブルカーを降りて、石段を登ると立派なお宮様。
大山の社は、雨降りの神様、阿夫利神社とも呼ばれ、その下社にお参り。
雨乞いのほか、病除け、海の民にも信仰厚く、農林水、多岐にわたる人気の神とか。
ヒツジは、この半年間痛みに苦しむ五十肩からの解放をひたすら祈っておりました。
阿夫利神社 下社の境内より広がるパノラマ。
春の霞か、それとも黄砂のせい? 全体的にボヤっとしてましたが目を凝らせば、
歩き登ってきた伊勢原市の市街地から平野部、相模湾、江の島あたりまで見渡せました。
絶景、佳景、さすが、でん、と裾野を広げて構える大山ならではでした。
さて、この神社 下社から、上についてはどうするべきか?
案内看板を前に、思案しましたところ、本社のある頂上へは徒歩1時間30分とのこと。
まずは、登山口を覗いてみました↓
いきなり急な階段、両脇を高い杉林に囲まれて、霊験あらたかなり。
来なさい、導かれよ、来たれ、来たりて祈るのだ、されば報われん。
大山の神様は、そうおっしゃってはいる様ですが、登っていく方々の装備にアゼン。
この階段が終わったら、次ぎには果たして、、、不安になり、断念、今日のところは。
続いて、地図上の西方寄り、蓑毛のバス亭まで歩いて、秦野駅に降りるコースを選択。
ところが、これも急な崖の細道を、よちよちとカニ歩きしていく難しさあり。
延々3㎞以上もこれが続くのでは、高所恐怖症の私にはとても持たない。
200mほど進んだところで諦めて、よちよち戻ってきた体たらくなのでした。
戻って、境内の下にあった御休み処にて、湯豆腐。
若干、硬め、歯ごたえのある豆腐で、昆布つゆ、細かく刻まれた海苔、輪切りの麩。
上品だけど、結構な食べごたえありで、うまし! 大山に豆腐ありでしょうか。
こうなると、下山の途は、速い速い、階段を降りて参りました。
途中、上りで目星をつけておりましたお土産を、購入、なぜか重いモノが多かった。
ケーブルで下山、帰りは伊勢原駅まで路線バス、と淡々と戻ってきたワケでした。
ところが、まだお昼過ぎ、帰るのは惜しいということで、小田原へ出る。
小田原城下の最後の桜を眺めながら、足は自然と海のほうへ向く。
山を歩いたら、海へ行きたくなる、これ至極、自然な摂理みたいなもの?
大山は、相模国の海の民の信仰を集めていたので、参詣のご報告を、こじつけ。
道端の看板から知ったのですが、小田原も鎌倉と等しく、観光対応のチャレンジ中。
食べ歩き、を、区間を設けて許可しているのでした。
それなら、小田原と言えば、これっきゃないということで、立ち寄って購入。
ゴボウのカマボコの揚げたて。買い喰い、は、歳を忘れて旨いですな。
海岸のぎりぎりを走る西湘バイパス。
狭いトンネルを抜けて光とブルーに向かう空間というのは、なんともタマりません。
鎌倉から小田原まで、湘南、西湘、相模湾岸の絶大な住宅地人気の理由。
東京で働きながら、別天地に暮らす、ということでしょうか。
トンネルを抜けると、そこは、浜辺だった。行幸ヶ浜。
明治天皇皇后の小田原行幸を記念して命名、小田原市のいちばん身近な浜砂利のなぎさ。
石投げに興じる親子、靴下を脱いで、水に入っている若い女性も居ました。
お城はさくら、海はのたりのたりの海、春ですねえ。
突き出ているヘッドランドまで歩いていきました。
両側で、クロダイを狙っている風の釣り師が2名、投げ釣り師はいませんでした。
碧々とした水面の振幅を眺めていると、猛烈に、投げ釣りがしたくなりました。
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魚が好きなのか。釣りが好きなのか。求めて旅する、今日もまた。
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